2011年8月19日 (金)

これを食べてはいけない(三笠書房)

著者は郡司和夫氏。
有害食品の追放をライフワークとしているフリージャーナリストと紹介されています。

この本はずいぶん前に読んだんですが、先日『無添加はかえって危ない』を読んで、この本の一節を思い出しました。
したがって、今回は『これを食べてはいけない』を題材にしますが、この本の紹介記事ではありませんし、お薦め本というわけでもありません。

さて、『無添加はかえって危ない』のどこを読んで思い出したか、次に引用します。

 報道も過熱しました。象徴的だったのは民放のテレビ番組「アフタヌーンショー」が、AF-2の作用で金魚が死んだかのような実験映像を放映したことです。この放映は裁判にまで発展して大変注目されました。結局、金魚に影響したのはAF-2を溶かすために使ったアルコールだったことが裁判所によって認定されたのですが、このことはあまり知られていません。視聴者は「金魚を殺すようなものなら、人体にも悪影響があるに違いない!」と見てとりAF-2をはじめとする食品添加物への不信感を強めていったのです。
(『無添加はかえって危ない』より)

『これを食べてはいけない』では、この裁判について触れられています。
この裁判の被告は筆者・郡司和夫氏の父、郡司篤孝氏だったそうです。
郡司篤孝氏は食品添加物問屋から転じて、食品添加物の毒性を世に訴えたと紹介されています。
その裁判について、本書では次のように紹介されています。

 しかし、添加物メーカーや食品メーカーの反発はものすごかった。
 とくに防腐剤のAF2を巡っては、製造販売元の上野製薬と裁判になった。本文でも触れるが、AF2に発がん性があることは、化学の世界では常識だった。国立遺伝学研究所で行われた毒性学会でも、毒性を証明する動物実験の結果が報告された。AF2をカイコに投与したところ、三代目のカイコになって突然、奇形カイコが発生したのである。被告の父はこの実験結果を東京地裁に証拠として提出。裁判は被告・郡司篤孝の勝利となり、それからしばらくしてAF2は使用禁止となったのである。その父が生前最後に言った「AF2の影響はこれからの世代に出てくる」という言葉が忘れられない。
(『これを食べてはいけない』より)

私は、たまたま業務妨害事件の判例としてこの裁判の判決文を目にしたことがあったので、この記述には驚きました。

まず、この裁判は何を争ったものであったか。
そして、郡司篤孝氏は勝利したのだろうか。
上記の記述では、AF-2の安全性について争って、郡司篤孝氏が使用禁止を勝ち取ったかのような印象を受けないだろうか?

実際には、裁判所は安全性についての判断は避けました。
また、郡司篤孝氏は無罪判決を得ましたが、勝利と呼ぶには疑問があります。
そして、裁判とAF-2の使用禁止に直接関係があったとは思えません。
(世論の注目をひく効果はあったのでしょうけれども)

判決文では安全性について次のように述べて、安全性についての判断は避けています。

「AF-2」について厚生大臣の定めた基準の範囲内で人の健康をそこなうおそれがあると断定するに足りるような資料は今までのところ見あたらないが、さりとて、今後そのような資料があらわれないとの保障もないのであって、今後の研究の進展がまたれるところである。
(東京地方裁判所判決/昭和46年(刑わ)第3315号より)

この裁判は、郡司篤孝氏がその書籍やアフタヌーンショー出演において、AF-2メーカーである上野製薬の業務を妨害したかどうかを争ったものでした。
したがって、ここで勝とうが負けようがAF-2の安全性や使用禁止とは関係のないことだったのです。

では、アフタヌーンショー出演はどのようなものだったのでしょうか。
裁判所による事実認定によると、先に引用した『無添加はかえって危ない』の記述通りのものだったようです。

 さて、問題のニトロフラン誘導体の実験であるが、被告人は、まず、市販のごく普通の金魚が二匹くらい泳いでおり、水が半分程度まで入っている容量約200ccのコップを左手に持ち、かなりの量のニトロフラン誘導体をアルコールで溶かした溶液が五分の一ないし四分の一入っているやや小さめのコップの溶液を、左手のコップに、全体量がその六分目になるくらいまで注ぎ込んだところ、瞬時にして、金魚は激しく横転し、コップの底に沈んだ。
 (中略)金魚の前記のような変化は、主としてアルコールの作用によるものであり、ニトロフラン誘導体の作用はほとんどこれに寄与していない。
(同判決より)

ここで、ニトロフラン誘導体というのがAF-2のことです(後で出てくるトフロンもそのようです)。

裁判所はさらに、被告人の行為は刑法233条にいう偽計を用いて人の業務を妨害したことに該当すると認定しています。

 さて、前記認定事実によると、被告人が、本件実験において、金魚は、真実は主としてアルコールの作用により前記のような顕著な変化を示したのに、アルコールは単にニトロフラン誘導体を溶かすためだけのものに過ぎず、あたかもニトロフラン誘導体の作用によって金魚の変化が起こったものであるかのような印象を、スタジオに列席の主婦や全国のテレビ視聴者に与えたであろうことは否定できないところであり、したがって、客観的には、被告人がそれらの人々に対し、真実に反する事実を告知して錯誤におとしいれ、上野製薬の「トフロン」の製造・販売の業務の運営を阻害する恐れのある状態を現出させたものであって、刑法233条にいう、偽計を用いて人の業務を妨害したことに該当するといわなければならない。
(同判決より)

ところが裁判所は郡司篤孝氏を無罪としました。
業務妨害罪が成り立つためには、「偽計を用いて人の業務を妨害したこと」に加えて「故意」であったことが必要だそうですが、被告人に故意があったとまでは認定できなかったということです。
故意が認定できない理由の一つとして、次のようなことが挙げられています。

被告人は、前記のように自然科学的知識は乏しく、アルコールについての専門的な知識を持ち合わせていたとも思われず、また、アルコールが金魚に激しい作用を及ぼすことが、一般人ならだれでも容易に推測できる常識的事柄であるとは到底言えないと思われる。
(同判決より)

つまり、「自然科学的知識が乏し」いために、故意であるとはみなされず、無罪になったのです。
食品関係の評論家として活動し、テレビ番組で実験までしてみせていた人が、裁判所によって自然科学的知識が乏しいと認定されることは、果たして勝利だと思われますか?

ということで、『これを食べてはいけない』の記述にはびっくりしたわけです。

さて、このエントリを書くにあたっていろいろ調べていると、今ごろAF-2の安全性について評価している人たちがいるのですね。これにもびっくりしました。

 かつて防腐剤として使用されてきたAF-2はin vitro試験においては遺伝毒性を示すが、in vivoにおいては遺伝毒性の証拠は得られなかった。ヒトに対する発がんリスクに関与する遺伝毒性の有無に関してはさらなる検討が必要かも知れない。AF-2はげっ歯類において発がん性もつ。遺伝毒性がない場合、ADIを設定可能であるが、仮に設定できた場合のADIレベルは、当時の1日摂取量(5.7μg/day)を大きく上回ることが予想され、安全性には問題ない。また、遺伝毒性があったとしても、その発がんリスクはTTCに近い許容レベルであり、他の食品中に含まれる遺伝毒性発がん物質のリスクと比較しても、ほとんど無視できるレベルと考えられる。いずれにせよ、当時のAF-2の使用がヒトの発がんリスクを上げる可能性はほとんどない。
(食品添加物等における遺伝毒性発がん物質の評価法に関する研究より)

(引用元には、http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIST00.doから、検索語として「200939043A」と入力してください)

暴露マージン(MOE)の試算も行われており、680万倍とのことです。
MOEが10万~100万であれば特にリスクの懸念はないと考えられているそうです。

どうして今ごろこういう研究をしているのか不思議なんですが、AF-2は実験材料の一つであって、AF-2の安全性を評価することが目的ではないみたいです。
生体防御機構が遺伝毒性の作用を抑制し「実際的な閾値」を形成する可能性があるかどうかを検討することが目的のようです。

科学的評価も時代とともに変化する場合もあるという例かなぁと思っていたら、別の方から次のようなサイトを教えてもらいました。

1. Prof. Ames がAmes test用に最初に開発したサルモネラ菌TA1535、TA1537、TA1538ではAF-2は陰性となり、これにショックを受けたProf. Amesは、より高感度の新菌株 TA97, TA98, TA100 を開発し、AF-2の検出が可能となった。
(中略)
5. AF-2は、他の毒性試験ではさしたる問題は見当たらず、安全な添加物とされていた。変異原性試験で陽性結果が出ただけでは発売認可取消し処分ができないために、大量投与の癌原性試験が行われたのであろう。国立衛生試験所で実施した結果、マウスでがんを作ることに成功した。その投与量は当時としては極めて高い用量であり、この結果を受け、AF-2は葬り去られた。
この発癌性試験については、科学的根拠よりも行政的な目的をもった用量設定であり、political experiment の典型と、感じた人も多かったようである。
医薬品の遺伝毒性試験の黎明期 その3 AF-2物語より)

当時からポリティカルな側面のある科学的評価だと思われていたというお話が書かれています。

ということは、『これを食べてはいけない』の記述もミスリーディングとばかりは言えないのかも?
AF-2裁判が当時の世論にどう影響したのか知らないのでなんともいえませんが、そういうポリティカルな評価・判断を招く雰囲気づくりに一役買ったのかもしれません。

2011年8月15日 (月)

無添加はかえって危ない(日経BPコンサルティング)

著者の有路昌彦氏は近畿大学准教授。食料経済学、食品リスクの経済分析などが専門。

世の中にあふれる「無添加食品」。
それってどういいものなのか?という疑問から書き起こしたそうです。

調べてみると、
 ①何を添加していないのかわからない無添加
 ②そもそも添加物を使うはずがない食品での無添加
 ③代替品を使っておきながら、表示ルールの裏をかいての無添加
 ④食品添加物への不安をあおって、安心材料として強調される無添加
などがあるとのこと。

特に筆者は④を「マッチポンプ商法」として問題視しているようです。

う~ん、私は③のわかりにくい表示ルールを利用した無添加の方が「だまし」っぽいと思わないでもないですが。
日持向上剤を使っていて、保存料を使っていないものに「保存料無添加」と書くことが例に挙げられています。
日持向上剤も保存料も、微生物の増殖を防ぐものだと解説された上で、次のようなやり取りが紹介されています。

 私の知り合いの食品添加物メーカーは、「お客さん(食品メーカー)から消費者の方が嫌うので『保存料』と書かずに済む『保存料』はありませんかといわれて困っています」と苦笑いをしていました。「保存料」を使っているという表示はしたくないけど、「保存料」を使わないと品質を保てないという複雑な事情がますます「無添加食品」を増やすことになっているのだと思います。

じゃぁそもそもどうして消費者の方はそんなに食品添加物を嫌うのか?という答えを、筆者は次のように書いています。

 ここまで見てきて、食品添加物が嫌われてきた理由が見えてきた気がします。過去においては確かに安全でないものがあり、事件も起こっていた、そのことが不安や不信のきっかけになったと考えられます。そこではメディアや消費者運動なども危険情報を大いに伝え、消費者に注意喚起するという役割を果たしていました。
 一方で、現在も使われている食品添加物は、安全性評価や管理制度の両面が改善されて安全性が極めて高くなっているはずなのですが、そのような改善はあまり伝えられてきませんでした。事件は大騒ぎになり、その後の対策・改善は知られていないために、事件の記憶だけが残って不安・不信が高まっているのではないかと推測されます。

この部分の考察は、過去の事件がいくつか紹介されていたり、筆者のアンケート調査結果が掲載されていたり面白かった。
その中で個人的に特におもしろかった部分について、後日、別の書籍の紹介とともにこのブログに書いてみたいと思う。

『無添加はかえって危ない』に戻ると、続いて食品添加物のリスクとベネフィットが解説されます。
コンパクトによくまとまっていると思います。教科書的ですらあります。
(裏を返すと、勉強するつもりで読まないとこの部分は難しいかも。たとえ話など挟んで、読み物として面白くなるように工夫はされていると思いますが)

そして、「無添加こそが危ない現実」「“損する”無添加」というやや煽り気味なタイトルの章へと続きます。

どう損するのか?
 ・無添加の価格は3割も高い。(=無添加で得られるベネフィットはないのに、余計に支払わされている)
 ・保存料の使用が5%減ると、1772億円の経済損失が生じる。(=儲かるのは仕掛け人と似非学者だけ)
 ・食中毒のリスクが上がる。(上記の1772億円にはこの分は含まれていないそうです)

このあたり、似非学者とか、安部司氏批判的な部分もあったりします。
ズバッと名指ししてくれたらもっと面白かったろうに!(難しいんでしょうね。そういうのは)

筆者は次のように提言しています。

 したがって「お客さまが望むから」という理由で「無添加食品」を提供しても、結局「お客様のためにはならない」ことを理解すべきでしょう。「無添加」は食品リスクを高め、そして私たちが損するということが事実である以上、私たちが望む状況自体を変えていかなければいけないのではないでしょうか。

 

そして、最終章ではリスコミの重要性を説いています。
正しい情報を伝えること(イコール リスコミというわけではないと思いますが)がどのくらいの効果があるかという実験結果も紹介されています。
最後は次のようなメッセージで締められています。

「惑わされないように、皆で勉強してきましょう」

それが一番難しいような気もしますが、ともかく良書だと思います。
少なくともこれまでなかった切り口で食品添加物や食品のリスクが解説されています。
一人でも多くの方に読んでもらいたいと思います。
amazonでも売ってました。

2011年5月 5日 (木)

読売新聞2011.5.1「焼き肉チェーン店 ユッケに『加熱用肉』」

妙なタイトルの記事だなと思って読んでみたら次のような内容があったので、引用します。

同チェーンを経営するフーズ・フォーラス社(金沢市)が、厚労省の基準で生食用にできない肉をユッケとして客に提供したことも判明。

また別の個所では次のような記述も。

同チェーン全20店舗に肉を卸販売している東京都板橋区の食肉販売業者は本誌の取材に対し、「そもそも生食用の肉は扱っていない。焼き肉など加熱用の肉のみ」と説明。卸した肉の包装などにも生食用とは記載しておらず、フォーラス社も「生食用でないことはわかっていた」と認めた。

これではまるで、通常の焼き肉店では「厚労省の基準に従った生食用の肉」を提供しているかのように読めてしまう。

しかし、実際はそんな肉は存在しないのだ。

厚労省の「生食用食肉の衛生基準」に従って出荷実績のあると畜場は全国に12か所あるが、いずれも馬肉しか実績がない(参考:島根県の食品衛生)。

そして、そのことを行政も把握している。
平成19年の厚生労働省医薬食品局食品安全部監視安全課長通知(食安監発第0514001号)では、飲食店には加熱用の肉を生食用で提供しないこと等を、消費者には高齢者、若齢者のほか抵抗力の弱い者は生肉等を食べたり食べさせたりしないこと等を求めている。
東京都(ちょっと待って!お肉の生食)等の自治体も、肉の生食を避けるように呼びかけている。

それなのに読売新聞(はじめ他の多くのメディア)は、「厚労省の基準に従っていない生肉を食べさせた」ことをもって店を非難し、読者に「他の良心的な店なら厚労省の基準に従っていて安全」であるかのようなミスリーディングな報道をした。
実際には「肉の生食そのものを避けるべき」という報道をするべきだったのだ。そうでないと、読者を危険にさらした可能性がある。

また、普段から肉の生食の危険性を読者に伝えてこなかったからこのような事態が起きたとも考えられる。
自治体ももっとうまくメディアを活用すればよかったのかもしれないが、グルメ記事や番組が肉の生食をもてはやして注目を集めたりといった事情もあって、読売新聞を含め多くのメディアが本来鳴らすべき警鐘を鳴らしてこなかったのではないだろうか。

肉の生食の実態を知っていれば、ほとんどの親は子どもに生肉を食べさせるなんてことはしないのではないかと思う。その意味では、店ばかりが責任を問われるのではなく、それをもてはやしたメディアにも責任があるだろう。メディアが生食礼賛をやっていれば、行政の注意喚起なんてふっとんでしまう。

しかし、肉の生食による食中毒なんて珍しいことではないということから考えると、親も子どもに生肉なんて食べさせるべきではなかっただろう。

さて、この記事から既に日が経っていて報道内容は変わってきている。
読売新聞の記事を追いかけてみよう。

5月2日には次のような記述があった。

東京都板橋区の食肉販売業者がユッケ用と認識しながら、加熱用の肉を殺菌消毒して卸販売していたことが1日、食肉販売業者などへの取材でわかった。

5月3日には次のような記述。

フーズ・フォーラス社は2日、金沢市の本社で記者会見し、厚生労働省の基準で生肉を提供する際に求められている細菌検査を実施していなかったことを明らかにした。

数日間取材してもまだ生食用の肉など流通していないということがわからなかったのだろうか?
これほど大きな記事でその程度の取材しかしないものだろうか?
5月1日の記事の間違いを認めたくなかったのではないかと思えてしまう。

5月4日には「08~09年度『生食用』牛肉出荷ゼロ 飲食店『加熱用』提供常態化 『食の安全』に疑問の声も」との見出しがでた。

厚生労働省の基準で定められた生食用牛肉が、少なくとも2008~2009年度にかけて国内で一切出荷されていなかったことが3日、分かった。当時、国内の飲食店で提供された生の牛肉は、厚労省の基準では「加熱用」だったことになる。消費者からは「食の安全は大丈夫か?」と疑問の声が上がっている。

なぜ「3日に分かった」のだろう?
以前からよく知られている事実だと思うのだが...08~09年のデータがまだ出ていなかったということか?

また、読売新聞東京社会部記者の意見は次のように締められていた。

現状を把握しながら、適切な対応をとってこなかった厚労省の責任は重いと言わざるを得ないし、飲食店側も同様だ。また消費者もリスクを避けるために、食材の出所などについて関心を持つべきだろう。

自分たちの前日までのミスリーディングな記事や、これまで十分注意喚起してこなかったことにはまったく触れていない。
また、「食材の出所」に関心を持てということだが、どうすればいいのか?
正面から「肉の生食はリスクが高い」ということをなぜ言わないのだろう?

2011年4月19日 (火)

マルハニチロ コラーゲン配合飲料SQUINA「inner collagen」

株式会社マルハニチロホールディングスが、2011年4月14日付でリリースした≪コラーゲン配合飲料SQUINA「inner collagen」≫には不思議なことがたくさんある。
リンク:≪コラーゲン配合飲料SQUINA「inner collagen」≫プレスリリース
(プレスリリースが削除された時のために:110414inner_collagen_drink.pdf(同ファイルです))

1.「美容成分のトリプルパワー」で、「さらなるハリとうるおいを実感」できるそうだが、本当だろうか?

美容成分のトリプルパワーとは、コラーゲン、ヒアルロン酸、エラスチンを指すそうだ。

コラーゲンもエラスチンもたんぱく質の1種だ。
基本的には、アミノ酸まで分解されて吸収される(最近、ペプチドとしても吸収されるのではないかという研究もあるようだが)。
そして、体内で再びコラーゲンやエラスチンに合成されるとは限らない。

ヒアルロン酸は多糖類だ。
こちらも大きな分子のまま吸収されることは考えにくい。
アミラーゼで容易に分解されるため、皮膚に到達する可能性は極めて低く、経口摂取時の安全性も未確立とされている。

2.マルハニチロは保存料メーカーなのに、どうして「保存料も一切使用しておりませんので、安心してお召し上がりいただけます」などと書くのだろうか?

プレスリリースからこの段落を丸ごと引用しておこう。

コラーゲン、ヒアルロン酸、DNA、コンドロイチン硫酸について、原料生産地から製造までを一括管理、マルハニチログループ内で一貫して行っています。良質な原料を厳選し、保存料も一切使用しておりませんので、安心してお召し上がりいただけます。

「保存料も一切使用しておりませんので、安心してお召し上がりいただけます」ということは、保存料を使用しているドリンク剤だと安心して飲めないということを暗に言っている。

しかし、マルハニチロは保存料「プロタミン」のメーカーだ。
リンク:マルハニチロによる「プロタミン」のページ

このマルハニチロのウェブページでは次のような記述がある。

プロタミンは微生物に対する抗菌性を有しています。天然物由来の安全な食品保存料として既存添加物リストにも収載されており、広く食品に利用されています。

「天然物由来の安全な」という書きぶりもちょっと問題あるように感じるが、実際に保存料として長年使われているものであり、ヒトの消化酵素で容易に分解されてしまうペプチドである。

プロタミンのページでは「安全な保存料」と言い、ドリンク剤のリリースでは「保存料も一切使用しておりませんので、安心してお召し上がりいただけます」と言う。

マルハニチロホールディングスはどうしてしまったんだろう?

3.DNAは「サケのしらこ由来」

これは余談めいた話だが、プロタミンはDNAと結合してDNAを保護する役割を持つ。
リンク:マルハニチロによるしらこ由来の機能成分解説ページ

そのDNAが配合されたドリンク剤で、DNAを保護する役割を持つプロタミンが悪者にされている...
商品への愛情はないのか...かわいそうだなぁと思った次第 weep

2010年2月 7日 (日)

枚方市立消費生活センターによる安部司講演会(その1)

これはある意味、消費生活センターによる無添加商法?
お客さんの呼べる講師を連れてきて成功させたいという意識からでしょうか。もちろん、税金を使って講演会をされる以上、多くの聴講者を集められた方が良いとは思いますけれども、適切な演者とは言えないと思います。

2月18日に開催されるという「加工食品の舞台裏」について、枚方市立消費生活センターによる告知文には次のような宣伝文句がありました。

食品添加物を利用することで「簡単」「便利」な生活をしていますが、その代償として何かを失っていませんか?「食」についてもう一度考えてみましょう。
講演では、添加物だけでとんこつスープやお吸い物、無果汁ジュースなどをその場で実演します。

前半部分は、ものの考え方、価値観の部分があるのでとりあげません。そういう問題意識は常に持っているべきです。

しかし、後半の実演はインチキであることは有名です。
例えば、いかにも食品添加物ばかりでとんこつスープを作っているようにみせかけて、実はとんこつエキスパウダーを使っているとか。とんこつエキスを粉にしたものを溶かせば、そりゃぁとんこつスープの味がします。
そのあたりは健康食品管理士認定協会理事長の長村洋一先生が何度も指摘されています。→の資料などで。http://www.jafa.gr.jp/forum/pdf/forum_070220.pdf

こういったインチキや科学的な誤りが満載で、消費者の不安を煽ったからこそ「食品の裏側」は売れたのだと思います。

そのような著者を消費生活センターが招くというのは、にわかに信じがたいことです。消費者庁もできて消費生活センターの重要性は増しているはずなのですが、早急に強化してほしいものです。

以下は、安部司氏の著書「食品の裏側」について、以前別のところに書いた感想です。確かこのブログにはまだ載せていなかったはずなので、丸ごと引用します。
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まず自分のスタンスを明らかにします。
・この本のメッセージには共感します。「よく知った上で、自分で食を選びなさい」という部分ですね。
・この本には間違いが多いので、残念ながら「良書」とは思えません。
・著者の倫理観の低さを感じます。よって、この本のメッセージが筆者の本心なのか疑問を持ちます。

○本書のメッセージは筆者の本心か?
食品添加物のことを主に取り上げ、「よく知った上で、自分で食を選びなさい」というメッセージには共感しますが、下記理由により胡散臭さを感じます。
・「神様」を自称していること。おまけに、「神様」なのに食品業界で無名であること。
・帯の「知れば怖くて食べられない!」が、メッセージと矛盾していること(業界や行政からの提訴を抑えるポーズに過ぎないのではないか?と思われてくる)。
・以下の2点も理由です。

○間違いが多すぎる
最も基本となる、「食品添加物とは何か」、「安全性はどのように評価されているか」といった部分に間違い、あるいはかなりの省略があること。
せっかく良いメッセージを発しているのに、内容が間違っていて、誤解を深める構造になっている。
講演会やテレビでやっている実験にしても、「豚骨スープは一滴も使っていない」といいつつ、「豚骨スープパウダー」を使っているのは何なんだろう?

○倫理観の低さ
まず、自分が開発に携わった肉団子を娘が食べるのを見て慌てて止めたという下り。最低の職業倫理ではないか?何故これが一部新聞等で美談めいて紹介されるのか理解できない。
次に、前述の間違いは複数の方々から指摘を受けている(出版社への投書や講演活動などを通して)にもかかわらず、修正の気配がないこと。肉団子の件から悔い改めた形跡が認められない。

本書のメッセージをしっかり受け止めた人たちならば、ちゃんと自分で「知る」努力をして、本書の間違いにも既に気づかれているであろう事を祈ります。
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今になると、「知る」努力をして、間違いに気付くというのは難しいなと感じます。それだけ間違った情報が多く、正確な情報というのは少ないです。正確な情報源たるはずの行政が安部司を講師に呼ぶくらいですからsad

2010年1月17日 (日)

市民のための疫学入門(緑風出版)

著者の津田敏秀さんは岡山大学大学院環境学研究科教授で、疫学、環境医学、臨床疫学、産業医学、因果推論、食中毒や感染症の疫学を専攻されています。

この本は、大阪大学の菊池誠教授が「名著だ!」とおっしゃっていたので読んでみました。菊池先生はニセ科学の糾弾で有名な方です。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/index-j.html

本書は、疫学初心者の私にとってとても勉強になりました。
疫学の重要さが認識できるようになったことが最大の収穫です。
また、基本的な考え方も理解できた気になりました。実際にはそんな簡単じゃないんでしょうけれど...

前半は疫学の重要さや考え方が、初心者でもわかるように説明されています。演習もあって、読み進むのに若干時間はかかりますが、理解を助けてくれます。
中盤は理論的な部分が出てきてちょっとつらいところもありました。
最後の方は、第10章が「困った困った発言集」であるように、著者の批判精神が発揮されています。楽しく読むことができました。

疫学だけでなく、科学、科学哲学というものは批判精神の賜物であるから、海外の練りに練られたテキストをも含めて、批判的に読むという原則を私たちは忘れるべきでないと思う。もちろん本書もその例外ではない。

上記のようにありますが、私は本書を批判できるような知識を現在のところ持ち合わせていません。そのことを前提としてですが、今後、新聞等の記事を読む際に役立つだろう良書と思いました。

2009年12月27日 (日)

消費者庁2009.11.10「株式会社ファミリーマートに対する景品表示法に基づく措置命令について」

無添加ではないですけど、行政のこういう姿勢が無添加をはびこらせている根底にあるかなと思ったんでとりあげます。
公正取引委員会は、「無添加」については、事実であり消費者ニーズもあるということで「優良誤認」でないと判断したことがある、と耳にしたことがあります。
消費者庁に移っても、消費者ニーズって何なのか、真の消費者利益とは何なのか、ということにまだ思い至らないのではないかと感じます。

さて、新聞等でも報道されましたが、ファミリーマートが優良誤認による措置命令を受けました。これは消費者庁による初の、景品表示法による行政処分だそうです。
「不当景品類及び不当表示防止法第6条に基づく措置命令」(消表対第47号)
http://www.caa.go.jp/representation/pdf/091110premiums.pdf

これはおにぎりの具材である鶏肉について、「国産鶏肉使用」と記載していたところが、実際はブラジル産鶏肉を使用していたというものです。
企画当初は国産を使用するはずだったが、途中でブラジル産を使用することに変更になり、表示部署にそれが伝わっていなかったために誤った表示になってしまったということのようです。

さて、これがなぜ「優良誤認」に当たるのかという根拠について、消費者庁表示対策課では次のように述べています。

我が国で肥育された鶏の肉は、外国で肥育された鶏の肉に比べ、一般的に安全性が高い等として一般消費者に好まれる傾向にある。
消表対第47号 2事実(2)ウ より

日本産鶏肉は、輸入鶏肉と比べて、一般的に安全性が高いということができるのでしょうか?
そんな単純なものじゃないと思うんですけどね。仮に事実だとしたら、安全性の劣るものの輸入を許しているということですね。考えにくい。ブラジルの鶏肉業者がこれを読んでどう思うか?と言っている人もいました。同感です。

次に、実際に「一般消費者」のどのくらいが、「安全性が高い等として」日本産鶏肉を好んでいるのでしょうね?ここでは特に根拠は示されていません。聞いた話によると、「コンビニは消費者についてのプロである。そのプロがこのように述べている。それ自体が根拠である」という考えだそうです。企業のマーケティング戦略=消費者認識??本気でそう思っているのでしょうか。

そして、「一般消費者」のどのくらいがそのような認識をもっていると、「優良誤認」とみなされるのでしょうね?
表示は消費者にとって重要な情報源なので、消費者に誤解を与えないこと、間違った情報を出さないことは重要だと思います。一方で、安全は科学的に評価されることで、消費者認識で測られることではないです。どうもごっちゃになっている気がする文書です。

事実としては、「一般消費者」の何割かは消費者庁が指摘する通りの認識をしていると思います。しかし、それは誤解であって、消費者利益にはなっていません。

消費者教育を掲げる消費者庁ならば、このような文書は消費者の誤解を増強する恐れがあるということに思いが至ってもよいのではないでしょうか。優良誤認の根拠として消費者認識を書く必要があったとしても、「安全性」に触れなくてもよかったかもしれないし、触れた場合には「実際には安全性に差があると一概に言えない」ということを書き足しておくべきでした。

以上のような思いで、次のような意見を消費者庁表示対策課に提出しました(2009.11.17)。

 輸入食品に限らず、遺伝子組み換え食品、食品添加物など、実際には適切にリスク評価され、管理されているにも関わらず、消費者が過大とも言える不安を抱いている事例が見られます。
 このように消費者意識と実際のリスクとに乖離がある場合、消費者が利益を得ているつもりで実は不利益を被っているということがありえます。通常乳化剤を必要としない食品に「乳化剤無添加」と表示して高い値段で販売する場合や、保存料を使用した方が日持ちする食品に「保存料無添加」と表示して短い期限表示の食品を高い値段で販売する場合などです。
 私は、このように一部消費者の不安意識が実際の安全性と乖離している場合においては、貴庁からその乖離を埋める情報を消費者に提供していただけると、貴庁が課題とされている「消費者の自立」「消費者教育の推進」につながり、消費者利益にかなうものと考え期待しています。
 しかしながら今回の事例では、「我が国で肥育された鶏の肉は、外国で肥育された鶏の肉に比べ、一般的に安全性が高い等として」と一部の消費者の意識が述べられている一方で、実際の安全性がどうであるかという記載がなく、消費者の不安を増強するおそれがあります。このことは、食品安全基本法第九条にある消費者の役割「消費者は、食品の安全性の確保に関する知識と理解を深めるとともに、(後略)」を阻害する要因ともなりかねないのではないでしょうか。
 貴庁の役割として、このように科学的事実と乖離した消費者意識をも尊重する必要があるのかもしれませんが、行政処分の根拠となる事実として取り上げられた場合、そのような消費者意識にお墨付きを与えることになりはしないかと危惧いたします。
 科学的事実と乖離した、過大な不安を抱くことにより不利益を被るのは他ならぬ消費者です。貴庁におかれましては、消費者意識を尊重されるとともに、消費者に過大な不安や誤解がある場合はそれを解消することこそが消費者利益にかなうということを考慮された上で、適切な情報提供をいただきますようにお願いいたします。

なお、このファミマの件を報道した新聞記事において、安全性云々が根拠に挙げられていることを報道したものは見当たりませんでした。
たとえばこちら↓。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20091110AT1G1000Y10112009.html
単に見逃しているのか、新聞記者も良識をお持ちなのか?

2009年12月 6日 (日)

affあふ2009.12月号「特許を取得した高校生たちの取り組み」

affあふ は農林水産省の月刊広報誌です。巻頭には
「農林水産業における先駆的な取り組みや農山漁村の魅力、食卓や消費の現状などを紹介しております」
とあります。

2009年12月号では、「安心して食べられるおいしいハムを!特許を取得した高校生たちの取り組み」と題して、茨城県立水戸農業高校食品化学部の10名の生徒さんたちが特許を取得したことが取りあげられています。
発明名称は「食品添加物を使用しない食肉加工品の製造方法」です。

以下、affの記事より引用です。

食品化学部では食品添加物を使わずに、天然の素材でハムを発色させられないかと、こつこつと研究を続けてきました。
研究を重ねる中で、亜硝酸ナトリウムの代用として注目したものが、野菜の中には必ず含まれる硝酸イオンでした。この硝酸イオンにかんきつ類や野菜に含まれるL-アスコルビン酸、ハチミツの還元糖を組み合わせることでハムの製造過程での発色に成功したのです。

ここまでで、いくつかの誤解をもとに進められた研究なのではないかな、記事も読者の誤解を招く内容なのではないかなと思いました。

1.「食品添加物を使わずに、天然の素材で」とありますが、天然の素材であっても、発色目的で食品に添加されるものならば、用途名として「発色剤」の表示が必要な食品添加物です。
これについては、《食肉製品に使用する「白菜エキス」の取扱いについて(回答)》(食安基発第0706001号)という事例が既にあります。白菜等の野菜は硝酸塩を含んでいますが、それを濃縮した白菜エキスをハム等に添加して発色させていたというもので、厚労省から「発色剤」の用途名併記が必要な食品添加物に該当することが通知されています。
http://www.ffcr.or.jp/zaidan/MHWinfo.nsf/ab440e922b7f68e2492565a700176026/62ef192b48d324eb492573280019d37a?OpenDocument

2.野菜由来の硝酸塩であっても、精製や濃縮の方法によっては食品とは認められず、新規食品添加物、この場合は未承認の違法な食品添加物ということになる可能性もあります。
ちなみに、上記「白菜エキス」は単純に濃縮しただけということで、モノとしては食品だけれども、使用目的によって添加物と判断される《一般飲食物添加物》というものに該当するとされています。

3.そもそも野菜由来の硝酸塩が、食品添加物として指定されている亜硝酸塩より安全ということはありません。
食品添加物として指定されているということは、安全性も評価済みですし、純度などの規格も定められているはずです。一方、野菜由来の硝酸塩は品質が一定するのか、不純物の内容が明らかになっているのかなど疑問点があります。
記事中では、亜硝酸ナトリウムより本発明品の方が安全、等といったことは書かれていませんが、どうも研究に取り組んだ背景としてはそのような思い込みがあったようです。

例1)茨城新聞2009年5月25日朝刊
発明の名称は「食品添加物を使用しない食肉加工品の製造方法」。発がん性があるとされる添加物の代わりに、ダイコンなどの野菜中に含まれる硝酸イオンを使用するのが大きな特徴。
http://www.ibaraki-np.co.jp/nie/news/page27.htm

例2)茨城県教育委員会ホームページ「パテントコンテストで入選した水戸農業高校の生徒が教育長を表敬訪問」
発明は、食品添加物を使用しない食肉加工品の製造法です。食の安全を考え、添加物を使用せず、天然素材だけでハムを発色させる方法に取り組みました。
http://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/news/h19/photo/m2/2-8.htm

4.ビタミンCとして知られる物質、L-アスコルビン酸を使用しているということですが、これは食品添加物に指定されています。

亜硝酸塩は発がん物質を作るもとになるという記述も多いのですが、アスコルビン酸共存下ではそのような反応が起こらないことが知られています。発色させるだけでなく、風味の形成にも関与してハムをおいしくしますし、食中毒菌であるボツリヌス菌を抑える働きもあり食の安全を守る役割のあるものです。

この記事は完全に読者をミスリードするものです。また、指導教官や学校は生徒さんたちの努力に対して大きな責任があります。affに次のような趣旨の意見を投稿しました。

1.読者がこれを食品添加物でないと誤解して実用化しようとするおそれがあることから、訂正記事を出すこと(新たな表示違反事件を招く可能性がある)。

2.他の農業高校等にて類似のかわいそうな事例を生みださないように、訂正記事中にて学校及び担当教諭の反省および今後同様の過ちを起こさないための対策について述べてもらうこと。

3.広い意味で食品安全行政にかかわることであり、農林水産省はもっと真剣に取り組むこと。

2009年11月 3日 (火)

食品汚染はなにが危ないのか(技術評論社)

タイトルを見て、ちょっと怪しげな本かなと思いましたが、「化学物質はなぜ嫌われるのか」と同じシリーズなので読んでみました。

著者は2名。
第一部担当の中西貴之氏は宇部興産株式会社有機化学研究所の研究者。
第二部担当の藤本ひろみ氏はファイナンシャルプランナー。

第一部は「食品汚染を読み解く科学」というタイトルで、食中毒、残留農薬、食品添加物、動物用医薬品、BSE、GMOといった以前からよく取り上げられるものから、事故米、メラミン、冷凍餃子など最近の事件まで解説しています。
ほぼ冷静な内容だと思いました。ちょっとイラストのノリが軽すぎるかな、あのくらい単純化したほうがわかりやすくてよいのかな...

ただ、著者の意見はいろいろとぶれているように感じた。
たとえば、残留農薬についてはマーケットバスケット調査を引き合いに出して説明しているのに、添加物では「食生活は人によって全く異なるものですので、ぜひ読者自身で計算されることをおすすめします」となっていること。添加物もマーケットバスケット調査がされているのですが...
もうひとつ。検疫で全量が検査されているわけではないことを取り上げて、「農作物を国内産にすればそもそもポストハーベスト農薬のことを心配する必要さえなくなるのです」と述べています。しかし、その次のページで農家に直接野菜を購入に行く主婦が増えているという話に対して、「そのようにして売られている野菜は残留農薬の検査は行われていませんし、多くの場合農薬の使用履歴も残っていません」としています。じゃぁ検疫されている方がましかもしれないのでは?

第二部はこの本を決定的に台無しにしていました。「食の安全と消費者行動を読み解く科学」というタイトルでしたが、ページ数も少ないのにおかしな記述だらけで、なぜ第二部が必要だったのか分からない。
一番あきれたのは、横軸に「時代の流れ」をとり、「経済成長」は右肩上がりの直線、「食の安全」は右肩下がりの直線として描いたグラフcoldsweats02
まだ「不安」ならわからないでもないが...食中毒による死亡者数がどう変化しているかとか、見たことがないんだろうか?
何を根拠にしているのかはっきりとは書いていないが、輸入食品は危ないと言いたいようだ。

また、食の欧米化で日本人のお米の消費量が著しく減ったということ、そして農業人口が減ったことでの自給率低下。そのことで、輸入の自由化も進み、安全性のはっきりしないものが、日本に大量に入ってくるようになりました。

また、企業の販売戦略に見事にだまされている姿もさらけだしています。

こうした消費者の不安を少しでも払拭して安心・信頼を勝ち得るため、企業では「添加物は一切使用していません」「組み換え遺伝子大豆は使用していません」などをパッケージに表示することも“普通”になってきました。
この表示に込められているものを考えると、真摯なコスト削減と誠実な努力をしている企業もあるかもしれない、私たちが求めていた「安くて良いもの」を提供するために日々試行錯誤している工場もあるかもしれない、と私は思います。悪いものばかりではないのですね。むしろ、悪いものが目立ちすぎ、私たちが情報の飛び交う中で生活していることで、安全なものが見えにくくなっているのかもしれません。

最近見つかっているリスクは、分析技術の向上によりごく微量のものが見つかるようになったからだとか、「無添加」や「non-GMO」が優れているわけではないとかいうことが、第一部ではわかりやすく説明されていたのに、第二部は本当にぶち壊し。本当にどうしてこんな本になってしまったんだろ?

2009年10月25日 (日)

京都新聞2009.10.13夕刊「農薬や食品添加物 見えない汚染に警鐘」

「未来の食卓」という映画の紹介記事です。
長文を書いていてアップが遅くなってしまいました。

◆映画「未来の食卓」について

この映画の公式サイトは下記URLです。
http://www.uplink.co.jp/shokutaku/

とても参考になるブログ「情報操作映画「未来の食卓」を、みんなで見に行こう!」は下記URL。いや本当に、情報操作とはこういうことかと勉強になります。
http://mscience.jp/truth/?p=367

この映画は以前から話題になっていましたが、この京都新聞記事を読んで初めて観に行きました。
ストーリーは、フランスのある村で給食をすべて有機食材に変えていくというものです。ドキュメンタリーですが、有機食材への切り替えに対して強力に反対する人々がいるでもなく、淡々とした内容です。私は正直ちょっと眠かったです。

ただし、洗脳ツールとしては強力です。有機じゃないと食べられないという気分にさせる効果は大きいのではないでしょうか。リスク情報の伝達について興味のある人にはお薦めです。

まず、「有機」の定義がすごいです。
村の大人が少女に「有機とは?」と尋ねます。
少女の答えは「自然のまま」
この映画ではそれが正解なのです。

農業それ自体が人の営みであって、野菜や果物は人が食べておいしいように改良されたものです。
映画では子どもたちがキャベツやイチゴを育てて、おいしそうに食べるシーンがあります。子どもたちの栽培体験それ自体は素晴らしいと思いますが、有機だから素晴らしいわけではないし、それが「自然のまま」なわけはありません。

また別の場面では、子どもたちが給食を食べています。
パンを食べようとしているまさにその時、子どもとパンがアップになり画面が静止します。
恐怖感をあおるようなBGMとともに、画面半分が字幕になり、(具体的内容は覚えていませんがたとえば)
「保存料、カドミウム、・・・、・・・」と化学物質名、および
「発がん、多動、・・・、・・・」と危険性が並べられます。

ここでは食品添加物も残留農薬も、環境汚染物質も区別がなされていません。
また、“どのような物質でも、毒であるかどうかは量によって決まる”という食品の安全を考えるときの基礎が欠落しています。
保存料等の食品添加物は、一生の間毎日摂取しても安全な量が求められ、それを上回らないように規制されています。有用だから、安全な範囲で使用されるものであって、食品添加物を含んでいようがいまいが映画のいうような危険が増大するものではありません。
一方で、カドミウムは土壌中に存在する金属元素です。鉱山近辺では廃水中のカドミウムによる汚染が問題になる場合がありますが、日本のような火山地帯ではどこの土にでも含まれているといってよいと思います。必然的に野菜や穀物、魚介類などに含まれるものであって、有機でも慣行農法でも関係はありません。

しかし、この映画では、“有機でない食品のリスク”を強調することで、有機食品=リスクが低い食品というイメージを植え付けようとしています。

長文になりますが、映画中のシーンをもう一つ紹介します。
ユネスコ(?)の会議で壇上の人物が会場に問いかけます。
「自分の身の回りにがんになった人のいる人は手を挙げてください」
「身の回りに糖尿病になった人のいる人は?」
「身の回りに不妊症の人がいる人は?」
「以上の一つでも当てはまった人はもう一度手を挙げてください」

結局ほとんどの人が手を挙げるわけですが、それをもって“これほど多くの人が食品のリスクにさらされている”という論を展開していくのです。
特にがんについては執拗に強調されており、食品汚染によりがんが増えているというイメージを与える作りになっています。
しかし、以下は日本の国立がんセンターによる情報なので、フランスではなく日本の話なのですが、がんは増えていると一概には言えないのです。

がんの死亡者の「数」は年々増え、1981年には脳卒中を抜いて死因の一位となり、その後もますます増えています(図1左)。一方、がんは高齢になればなるほど頻度が増える病気ですので、全人口に占める年齢の割合に変化が生じると、「がんは本当に増えているのか」ということはなかなか分かりません。そこで統計的な操作を行い、ある一定の年齢の構成に死亡者を調整する「年齢調整死亡率」という見方があります(図1右)。そうすると、実は日本ではがんはそれほど増えておらず、男性では横ばいの状態、女性ではすでに減り始めていることが分かります。実は、男女合わせてこの約10年で10%程度、年齢調整死亡率は減少しているのです。
http://www.ncc.go.jp/jp/ncch/division/lecture/20071201b.html#01

また、この人たちにとって食品以外にリスクは存在しないのだろうか?というのも不思議。

聴衆の一人が「科学的に新たな証拠が出てきたのですか?」と質問しますが、壇上からの回答は「もはや証拠がどうとかいう段階ではないのです!」。

この映画の姿勢も同様で、科学的根拠など気にせず、とにかく有機を推進したいというものです。

◆京都新聞記事について

このような内容の映画を新聞はどのように取り上げるのか?
子どもたちに土に触れさせるとか、(有機どうこうはともかく)給食に対してまじめに取り組む大人たちの姿勢とか、そういった部分は良しとして報道しても構わないだろう。
しかし、あまりに根拠の薄いネガティブ情報が強調されている、ドキュメンタリーとしては疑問符のつく映画として批判されて然るべきだ。

標記の京都新聞記事は、映画紹介の記事だ。
記者はどういう人なのだろうか?
普段から文化面を担当しているのなら、あまり食や科学の知識は無いのだろうか?

まずタイトルがひどい。

農薬や食品添加物 見えない汚染に警鐘

農薬は食品に含ませることを意図したものでないので、残留が多ければ汚染と言われても仕方ない部分があるかもしれない。
しかし、食品添加物は「汚染」か?
その機能を利用したくて、製造者が添加し、消費者もその恩恵を受けているのだ。食品添加物は「汚染」ではない。

記事中でさらに、食品添加物を「汚染」と決め付けた記述が出てくる。

汚染の事実を突きつけられても、大規模農業や食品添加物に依存したライフスタイルは簡単に変えられない。

映画自体がリスクを誇張したものだったが、それでも食品添加物を「汚染」とは言っていなかったと思う。京都新聞の記事は映画以上にリスクを誇張した内容になっているということだ。京都新聞はまんまと制作者の意図に乗せられてしまったようだ。

さらに京都新聞はこう述べる。

化学物質にまみれた食卓と別れを告げるにはどうしたらいいか。

化学物質って何だと思っているのだろうか?

例えば、植物は自己防御のために種々の化学物質を体内で合成する。
エイムズ試験で有名なエイムズ教授が、これらのうち52種類を調べたところ、27種類に発がん性があり、この27種類はほとんどの食品に含まれていたという。
"Dietary pesticides (99.99% all natural)" Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 7777-7781 (1990)
人間がまいたり、添加したりしたものでなく、植物だってたくさんの化学物質を作り(というかもちろん、植物も人間も化学物質で体が成り立っている)、それらの中には有害なものだって当然あるのだ。

食品添加物について言うと、摂取されている量の99%以上は、食品添加物を添加しない食品にも含まれている物質だという報告がある。この中にはいわゆる天然物質が利用されいる分もあるだろうが、多くはもともと食品中に含まれている成分を化学合成や発酵などで高純度(=不純物が少なくより安全)に得て、それを利用して効果を得ているのだ。
http://www.ffcr.or.jp/zaidan/FFCRHOME.nsf/pages/PDF/$FILE/DI-study1976-2000.pdf

化学物質にまみれた食卓と別れを告げるためにはどうしたらいいか?それは食べるのをやめるしかない。京都新聞は汚染物質の心配をせずに食べたいということを言いたいのだろうが、表現が適切でなく、意味なく読者の不安をあおっているだけである。

◆新聞の影響力は大きい

雑誌やインターネットの情報は眉唾だと思っていても、新聞は確かなことを書いていると思っている人は多い。
だからこそ、種々の団体がメディアとの情報交換会や勉強会を進めている。
例えば、日本食品添加物協会は食品添加物メディアフォーラムでメディア関係者とのディスカッションを行っているし、食の信頼向上をめざす会というのも立ち上がっている。

食品添加物メディアフォーラム → http://www.jafa.gr.jp/forum/index.html
食の信頼向上をめざす会 → http://www.shoku-no-shinrai.org/

そのおかげか、最近は大新聞で根拠もない食のリスクを煽るような記事は少なくなったように感じる(社会部あたりが出てくるような事件では別だが)。
しかし、どちらの取り組みも東京中心であるためか、地方紙は野放しでおかしな情報を流している。
京都新聞も「未来の食卓」にすっかり洗脳されてしまったようだ。
今後の紙面にまで悪影響を及ぼさないように祈る。