これを食べてはいけない(三笠書房)
著者は郡司和夫氏。
有害食品の追放をライフワークとしているフリージャーナリストと紹介されています。
この本はずいぶん前に読んだんですが、先日『無添加はかえって危ない』を読んで、この本の一節を思い出しました。
したがって、今回は『これを食べてはいけない』を題材にしますが、この本の紹介記事ではありませんし、お薦め本というわけでもありません。
さて、『無添加はかえって危ない』のどこを読んで思い出したか、次に引用します。
報道も過熱しました。象徴的だったのは民放のテレビ番組「アフタヌーンショー」が、AF-2の作用で金魚が死んだかのような実験映像を放映したことです。この放映は裁判にまで発展して大変注目されました。結局、金魚に影響したのはAF-2を溶かすために使ったアルコールだったことが裁判所によって認定されたのですが、このことはあまり知られていません。視聴者は「金魚を殺すようなものなら、人体にも悪影響があるに違いない!」と見てとりAF-2をはじめとする食品添加物への不信感を強めていったのです。
(『無添加はかえって危ない』より)
『これを食べてはいけない』では、この裁判について触れられています。
この裁判の被告は筆者・郡司和夫氏の父、郡司篤孝氏だったそうです。
郡司篤孝氏は食品添加物問屋から転じて、食品添加物の毒性を世に訴えたと紹介されています。
その裁判について、本書では次のように紹介されています。
しかし、添加物メーカーや食品メーカーの反発はものすごかった。
とくに防腐剤のAF2を巡っては、製造販売元の上野製薬と裁判になった。本文でも触れるが、AF2に発がん性があることは、化学の世界では常識だった。国立遺伝学研究所で行われた毒性学会でも、毒性を証明する動物実験の結果が報告された。AF2をカイコに投与したところ、三代目のカイコになって突然、奇形カイコが発生したのである。被告の父はこの実験結果を東京地裁に証拠として提出。裁判は被告・郡司篤孝の勝利となり、それからしばらくしてAF2は使用禁止となったのである。その父が生前最後に言った「AF2の影響はこれからの世代に出てくる」という言葉が忘れられない。
(『これを食べてはいけない』より)
私は、たまたま業務妨害事件の判例としてこの裁判の判決文を目にしたことがあったので、この記述には驚きました。
まず、この裁判は何を争ったものであったか。
そして、郡司篤孝氏は勝利したのだろうか。
上記の記述では、AF-2の安全性について争って、郡司篤孝氏が使用禁止を勝ち取ったかのような印象を受けないだろうか?
実際には、裁判所は安全性についての判断は避けました。
また、郡司篤孝氏は無罪判決を得ましたが、勝利と呼ぶには疑問があります。
そして、裁判とAF-2の使用禁止に直接関係があったとは思えません。
(世論の注目をひく効果はあったのでしょうけれども)
判決文では安全性について次のように述べて、安全性についての判断は避けています。
「AF-2」について厚生大臣の定めた基準の範囲内で人の健康をそこなうおそれがあると断定するに足りるような資料は今までのところ見あたらないが、さりとて、今後そのような資料があらわれないとの保障もないのであって、今後の研究の進展がまたれるところである。
(東京地方裁判所判決/昭和46年(刑わ)第3315号より)
この裁判は、郡司篤孝氏がその書籍やアフタヌーンショー出演において、AF-2メーカーである上野製薬の業務を妨害したかどうかを争ったものでした。
したがって、ここで勝とうが負けようがAF-2の安全性や使用禁止とは関係のないことだったのです。
では、アフタヌーンショー出演はどのようなものだったのでしょうか。
裁判所による事実認定によると、先に引用した『無添加はかえって危ない』の記述通りのものだったようです。
さて、問題のニトロフラン誘導体の実験であるが、被告人は、まず、市販のごく普通の金魚が二匹くらい泳いでおり、水が半分程度まで入っている容量約200ccのコップを左手に持ち、かなりの量のニトロフラン誘導体をアルコールで溶かした溶液が五分の一ないし四分の一入っているやや小さめのコップの溶液を、左手のコップに、全体量がその六分目になるくらいまで注ぎ込んだところ、瞬時にして、金魚は激しく横転し、コップの底に沈んだ。
(中略)金魚の前記のような変化は、主としてアルコールの作用によるものであり、ニトロフラン誘導体の作用はほとんどこれに寄与していない。
(同判決より)
ここで、ニトロフラン誘導体というのがAF-2のことです(後で出てくるトフロンもそのようです)。
裁判所はさらに、被告人の行為は刑法233条にいう偽計を用いて人の業務を妨害したことに該当すると認定しています。
さて、前記認定事実によると、被告人が、本件実験において、金魚は、真実は主としてアルコールの作用により前記のような顕著な変化を示したのに、アルコールは単にニトロフラン誘導体を溶かすためだけのものに過ぎず、あたかもニトロフラン誘導体の作用によって金魚の変化が起こったものであるかのような印象を、スタジオに列席の主婦や全国のテレビ視聴者に与えたであろうことは否定できないところであり、したがって、客観的には、被告人がそれらの人々に対し、真実に反する事実を告知して錯誤におとしいれ、上野製薬の「トフロン」の製造・販売の業務の運営を阻害する恐れのある状態を現出させたものであって、刑法233条にいう、偽計を用いて人の業務を妨害したことに該当するといわなければならない。
(同判決より)
ところが裁判所は郡司篤孝氏を無罪としました。
業務妨害罪が成り立つためには、「偽計を用いて人の業務を妨害したこと」に加えて「故意」であったことが必要だそうですが、被告人に故意があったとまでは認定できなかったということです。
故意が認定できない理由の一つとして、次のようなことが挙げられています。
被告人は、前記のように自然科学的知識は乏しく、アルコールについての専門的な知識を持ち合わせていたとも思われず、また、アルコールが金魚に激しい作用を及ぼすことが、一般人ならだれでも容易に推測できる常識的事柄であるとは到底言えないと思われる。
(同判決より)
つまり、「自然科学的知識が乏し」いために、故意であるとはみなされず、無罪になったのです。
食品関係の評論家として活動し、テレビ番組で実験までしてみせていた人が、裁判所によって自然科学的知識が乏しいと認定されることは、果たして勝利だと思われますか?
ということで、『これを食べてはいけない』の記述にはびっくりしたわけです。
さて、このエントリを書くにあたっていろいろ調べていると、今ごろAF-2の安全性について評価している人たちがいるのですね。これにもびっくりしました。
かつて防腐剤として使用されてきたAF-2はin vitro試験においては遺伝毒性を示すが、in vivoにおいては遺伝毒性の証拠は得られなかった。ヒトに対する発がんリスクに関与する遺伝毒性の有無に関してはさらなる検討が必要かも知れない。AF-2はげっ歯類において発がん性もつ。遺伝毒性がない場合、ADIを設定可能であるが、仮に設定できた場合のADIレベルは、当時の1日摂取量(5.7μg/day)を大きく上回ることが予想され、安全性には問題ない。また、遺伝毒性があったとしても、その発がんリスクはTTCに近い許容レベルであり、他の食品中に含まれる遺伝毒性発がん物質のリスクと比較しても、ほとんど無視できるレベルと考えられる。いずれにせよ、当時のAF-2の使用がヒトの発がんリスクを上げる可能性はほとんどない。
(食品添加物等における遺伝毒性発がん物質の評価法に関する研究より)
(引用元には、http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIST00.doから、検索語として「200939043A」と入力してください)
暴露マージン(MOE)の試算も行われており、680万倍とのことです。
MOEが10万~100万であれば特にリスクの懸念はないと考えられているそうです。
どうして今ごろこういう研究をしているのか不思議なんですが、AF-2は実験材料の一つであって、AF-2の安全性を評価することが目的ではないみたいです。
生体防御機構が遺伝毒性の作用を抑制し「実際的な閾値」を形成する可能性があるかどうかを検討することが目的のようです。
科学的評価も時代とともに変化する場合もあるという例かなぁと思っていたら、別の方から次のようなサイトを教えてもらいました。
1. Prof. Ames がAmes test用に最初に開発したサルモネラ菌TA1535、TA1537、TA1538ではAF-2は陰性となり、これにショックを受けたProf. Amesは、より高感度の新菌株 TA97, TA98, TA100 を開発し、AF-2の検出が可能となった。
(中略)
5. AF-2は、他の毒性試験ではさしたる問題は見当たらず、安全な添加物とされていた。変異原性試験で陽性結果が出ただけでは発売認可取消し処分ができないために、大量投与の癌原性試験が行われたのであろう。国立衛生試験所で実施した結果、マウスでがんを作ることに成功した。その投与量は当時としては極めて高い用量であり、この結果を受け、AF-2は葬り去られた。
この発癌性試験については、科学的根拠よりも行政的な目的をもった用量設定であり、political experiment の典型と、感じた人も多かったようである。
(医薬品の遺伝毒性試験の黎明期 その3 AF-2物語より)
当時からポリティカルな側面のある科学的評価だと思われていたというお話が書かれています。
ということは、『これを食べてはいけない』の記述もミスリーディングとばかりは言えないのかも?
AF-2裁判が当時の世論にどう影響したのか知らないのでなんともいえませんが、そういうポリティカルな評価・判断を招く雰囲気づくりに一役買ったのかもしれません。